こちらの記事で紹介した、岩手県宮古市にできたゲストハウス3710の立ち上げプロジェクトのリーダー早川輝(あきら)さんにお話をうかがいました!
- 旅の情報を発信するゲストハウスを作りたかった
- 宮古に来たきっかけ
- 従来の観光のあり方から“着地型観光”へ
- 地元の若者に、一から作り上げる楽しさを味わってほしい
- 0からの可能性に満ちあふれる”地方”の存在
- 次のステージは「引き継ぎ」
旅の情報を発信するゲストハウスを作りたかった
どうして「宮古の玄関口」にゲストハウスを選んだのですか?
もともと自分がゲストハウスをやりたいと思っていました。地域の活性化は叫ばれるが、実行する人はなかなか少ないんだよね。宮古に来るきっかけをゲストハウスにして、そこから観光情報を発信しようと。3710(みなと=港)は船の入口でしょ。海の町の玄関という意味でつけました。
なるほど!玄関口になっている手ごたえはありますか?
できつつあるかな。昨日のお客さんに宮古の銭湯を教えたら、銭湯のおばちゃんと色々話ができたみたいで。
地元のローカルな情報ってネットや雑誌からの情報ではわかりづらいでしょう。
地元民だからこそ知っている情報を発信する環境ができているね。
たしかに。昨日3710のスタッフさんに海鮮丼のお店に連れて行ってもらいました。そのお店の存在を知ることができたし、食事の席で観光地の情報や他愛もない雑談など、いろんな話ができました。
普通の宿泊施設だったらできないそういうところが3710の楽しみ方。
宿泊状況はどうですか?
まだまだ少ないけど土日は人が入っているかな。
宿泊者との交流以外の目的でも宿泊OK?
もちろん。この前は工事作業の人も泊まっていたよ。ここらへんでは安いからね。
1泊3000円は泊まりたい!
フハハッ
泊まりに来られる方へのアピールポイントをどうぞ!
ゆるく過ごせますよ。宮古はご飯もおいしいし、人も優しいし、自然も多い。地元民が旅行客を受け入れる感じを体験してほしいな。
宮古に来たきっかけ
22歳 からの海外生活で、「旅行業」に興味を持つ
国内の大学卒業後は夢だった海外生活を実現しました。オーストラリアで2年間。働いたり、週末遊びに行ったり。現地は旅行大国。「日本も外国の人が旅しやすくなるようにしたい」と思い始め、帰国したら旅行関係の仕事に就きたいと思っていました。
それで2年後の2011年3月、帰国したのですね。
はい。就活のため地元に戻ろうとした矢先に東日本大震災が起きて。何か自分にできることはないかと思い、まずはボランティアを始めました。
数ある被災地の中でも、どうして宮古に?
たまたま、県外ボランティアの受け入れが一番早かったから。宮古はそれまで縁もゆかりもありませんでした。始めは2週間後に沿岸を南下していこうと思っていて。だけど、震災を機にいろんな思いを持ち始めた地元の人たちに誘われたんです。よそものの自分だからこそできることがあるかもしれないと思い、滞在を始めました。
宮古の人が明るいからこそ、力を貸したかった
当初の宮古の印象、覚えていますか?
僕たちボランティアを鼓舞してくれる地元の人が多く、「力を貸したい」「また宮古に行きたい」と思えましたね。「被災地」と聞くと深刻なイメージを持ってしまうけど、地元の人が明るくやっていたから「これでいいんだ。」と思えた。
外から来るボランティアさんからしてみれば、安心しますね。今の宮古の印象はどうですか?
もともと沿岸は閉鎖的な地域性があるみたい。でも、地元の人が僕らを受け入れてくれて。外から来た人と中の人(地元の人)の両者が混じりあい、3710のような新しいものが生まれてきた。僕たちの「これをやりたい!」に対して、宮古の文化を知っている人が「必要だ!」と言ってくれないとできない。いい意味で変化を感じます。
「昨日の野球試合のおかげで肩が上がらない」と小さな声で話す早川さん
従来の観光のあり方から“着地型観光”へ
3710設立には、主にどういう人たちが協力してくれましたか?
青年会議所や会社の経営者など、これまでの活動で関わった人たち。
あとは高校生、大学生。20代前半の人たちも参加してくれた。勉強会を重ねていく中で、従来の観光ではなく着地型の観光に着目し始めたんです。
”着地型観光(ちゃくちがたかんこう)”とは?
観光客の受け入れ先が地元ならではのプログラムを企画し、参加者が現地集合、現地解散する新しい観光の形態。主に都会にある出発地の旅行会社が企画して参加者を目的地へ連れて行く従来の「発地型観光」と比べて、地域の振興につながると期待されている(2014-08-28 朝日新聞 朝刊 伊賀 1地方) 着地型観光とは - コトバンクつまり、
⇒旅行場所が観光プログラムを提案してくれる、新しい形の観光なのです!
まさに、「宮古の玄関口」から情報を発信する3710のやり方ですね!
そう!日帰りと宿泊だったら、滞在時間の長さが違うから当然消費額も違いますよね。宿泊することで宮古でしかできない体験を楽しんでもらいつつ、お金をおとしてもらえたら。
地元の若者に、一から作り上げる楽しさを味わってほしい
まちづくりを通して子ども・若者の成長の機会を提供するNPO法人「みやっこベース」にも携わっている早川さん。
3710設立といいみやっこベースといい、若い世代を巻き込む力がすごいですね。
若者に限らずとも、場所を作り上げていく過程に関われば関わるほど愛着がわくし、できたあとも通ってくれるようになる。だから、いろんな人に関わってほしい。特に若者は娯楽とかを見つけられない人が多いから、こういう活動を通して「楽しさ」を味わってほしい。
そういう体験をしたい若者、たくさんいると思います。私も大学生時代にそういうことに取り組んでみたかった。
宮古という町が大学生の力を生かし切れていない現状はあるね。新しく関われるものが作れればいいね。
早川さんはいじりがいのあるゆるキャラでした
0からの可能性に満ちあふれる”地方”の存在
早川さんの考える「宮古の可能性」って何ですか?
海をはじめとする多くの資源があるよね。ここで生まれ育った人は「宮古には何もない」と言いがちだけど、それは違うと思う。資源を形にできていないだけ。ゲストハウスを始めるにしても、誰もやっていないから始められるのであって。ゼロからチャレンジしやすい町だと思っている。
私も周りにブロガーを名乗る人が少なかったので、ブログを始めやすかった。
そうそう。ビジネスでいうブルーオーシャン状態。競合がいなし誰もやっていないから、自分がやりたいことと、地域活性化が結びつきやすいよ。
最近、地方を見直す若者が増えている感触があります。早川さんはまさにその先駆者ですね。
ありがとうございます!都心と違い、自分のペースでできるのがいいところ。満員電車に乗るような忙しい生活をしなくていいし(笑)。
わかりみが深い・・・
次のステージは「引き継ぎ」
今後はどのような活動を展開していくのですか?
みやっこベース、3710継続が主な活動になるかな。3年後には宮古を離れて地元福岡に戻ろうと思っているんだよね。
え!そうなんですか!(衝撃)
震災が起きて、自分が宮古に来て、10年になる。仕組みや形を引き継げるような3年間にしたいです。みやっこベースで関わった宮古の子たちが、社会人になって宮古に帰ってきて くれているので。
(衝撃すぎて口が閉じない)離れていくのは残念ですが、今後の早川さんの活躍と宮古の将来に期待ですね。3年後も、その先も。
p.s.
早川さん、お忙しい中取材に協力していただき本当にありがとうございました!
私自身、地方でしか暮らしたことがないためか地方の魅力を認識することがあまりありません。「なにもない」わけではなく、資源に気づけていないだけなのですね・・・。0からの可能性を創り出す先駆者がいることは心強い!今後も学ばせていただきます。
撮影に留まらず細やかに取材に協力してくれた友人Yちゃんも、心からありがとう。
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早川 輝(あきら)
1987年生まれ。福岡県北九州市出身。
大学卒業後、オーストラリアで2年間を過ごす。帰国10日後に東日本大震災が発生し、岩手県宮古市にボランティアとして初訪問。以来6年半、宮古の復興と発展を目指す宮古の皆さんと共に活動中。
NPO法人みやっこベース 理事・事務局長
宮古観光創生研究会 イベント分科会リーダー
三陸観光プランナー養成塾 一期生
2015年 総合旅行業務取扱管理者資格取得
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